トップ塾長トーク>宮沢賢治の世界 2009年1月

塾長トーク

宮沢賢治の世界 2009年1月

お年玉(おとしだま) お金じゃなかったのだけど

 お年玉は、もともと年の賜物という意味だそうです。神様にお供えしたお餅などを、お下がりとして分け与えたのが始まりだといいます。
 やがて、目上の者から目下の者へ、お餅やお供え以外の品物も、渡されるようになり、いつのころからかお金に変わってしまったようです。
 江戸時代には、よく扉が配られたということで、年玉扇という言葉も残っています。
 今では、神様とも、お供えとも無縁のものになってしまいましたが、お年玉という言葉には、「この年初めて授かった大切な贈り物」という気持ちがこもっているはずです。
 その心は、子どもたちに伝えていきたいものですね。

「美人の日本語」(幻冬舎)より

宮沢賢治の世界

 宮沢賢治が、37歳の若さでこの世を去ってから76年(昭和8年9月21日、急性肺炎のため)。生前に出版されたのは、童話集「注文の多い料理店」と詩集「春と修羅」だけで、その名はほとんど知られていませんでしたが、死後、作品世界の豊かさと深さが広く認められ、いまや世界中の人々に親しまれるようになりました。それは、賢治の著作には、国や文化の違いにかかわりなく、現代の困難な課題に挑もうとする人たちを励ます力があるからだと思います。
 <昨年10月、幻冬舎より「宮沢賢治10の予言」(石 寒太著)が発刊されています。写真とともに綴ったフォトブックです。ぜひご一読を。>

 イーハトーブ(イーハトーヴォ)とは、「岩手」をエスペラント風に名づけたものですが、この命名に端的に示されるように、東北岩手の風土、生活、歴史に根ざしながら、それらが賢治の詩的想像力によって変成されたミクロコスモスといえます。イーハトーブでは、人間の集落をとりまく自然の住人たち(山男、風の精、山猫……)が生き生きとした個性をもち、多彩なドラマをつくり出します。自然の住人たちとの開かれたコミュニケーションの可能性を探ろうとしたのでしょう。
 日本列島では、稲作農耕が始まる前に、成熟した狩猟採集文化を育んだ縄文時代が続きましたが、その中心は東北地方でした。やがて南や西から稲作農耕の弥生文化が浸透し、東北にも波及してきましたが、奥深い豊かな森林を持つこの地方には、縄文的な要素が残り続けました。東北とくに岩手は、農耕社会や工業社会の秩序に組み込まれていない、奥深い自然の領域が豊かに残されています。

 賢治が生きた時代は、日本社会で周囲のアジア諸国の人々に対する排他的で自己中心的な意識が強まり、やがてアジア諸国に対する侵略戦争へと進んでいく時期でした。他方、賢治の物語の中では村人と村をとりまく自然の中で生活する異質な者たち(山男、風の精、山猫、鹿、熊、狐-----)との開かれたコミュニケーションが重要なテーマとなっています。賢治はこうしたテーマを通じて排外的で閉ざされた日本社会と違った、オルタナティブな可能性を探ろうとしたのだと思われます。これは、21世紀の現代社会に対する新鮮な問題提起でもあります。

 賢治の物語の大きな特色は、森羅万象の関わりあいの自在さにあります。人と動物や植物、風や雲や光、星や太陽などが語りあったり、交感しあったりします。これらがデタラメなこととしてではなく、生き生きとしたリアリティをもって語られています。
 賢治は、生き物はみな兄弟であり、生き物全体の幸せを求めなければ、個人のほんとうの幸福もありえないと考えていました。しかし、単に理念としてそう考えただけでなく、山野を歩き生き物や鉱石、風、雲、虹、星との関わりのうちに、しばしば我を忘れて没入する人でした。賢治はそうした自然との交感に至福を見いだしていましたし、賢治の文章の豊かな活力の源泉も、そうした森羅万象との交感から得たエネルギーにありました。

 地質学者としての訓練を受けた賢治はフィールドワークの人であり、彼のファンタジーの出発点も、野外を歩き回っている時に実際におきた心の中の出来事におかれています。そのために、リアリティをおびた生き生きとした語り方が可能だったのでしょう。野外を散策しながら、鉱物や植物について細かく観察し、気象の変化を敏感に感じとるだけでなく、それらに促されて自分の心の中から湧いてくるさまざまな感情や想念とその交錯を観察し、記録するという方法をつくり出したのです。この方法を「心象スケッチ」と呼びました。

 読者をひき込むもうひとつの強い吸引力は、心に訴えるリズムが作品の中から聴こえてくることです。「風の又三郎」であれば、「どっどど どどうど どどう」という歌ではじまり、この歌が物語の主題を知らせるし、「雪渡り」では、「キックキックトントン」と雪を踏んで踊るリズムが人間の子供と狐の子の心おどる気持ちと一体になっています。また、「鹿踊りはじまり」で鹿がうたう歌のように、リズミカルな歌が物語の中で重要な役割を果たすこともあります。
 さらに、鳥の鳴き声がかもしだす雰囲気も巧みに生かされます。たとえば、「林の底」では、夜の静かな林で低い声で鳴く梟に物語の語り手の役が振られています。「二十六夜」では、夜の林で梟の坊さんがお経を読みます。

 賢治は欧米の音楽にも強い関心をもちベートーヴェンの曲を愛好し、チェロの演奏を習ったりもしています。演奏家を主人公にした「セロ弾きのゴーシュ」は、へたな演奏家だったゴーシュが音楽に関心を示す鳥や猫、狸、ネズミを相手にするうちに、音楽の魂を学ぶという話です。
 これら賢治の作品の中には、さまざまなメッセージが隠されていますが、耳を澄まさないと聞こえてきません。ということは、聞こうとしない人には、まったく聞こえてこない、ということです。
 賢治は天才的な言葉の魔術師です。一面的な見方では、なかなか理解できません。詩人にして作家、日本ではもちろん、世界的にもおよそ類例がないといわれるほど、多種多様な語彙を駆使した、天才詩人です。
 私たちは、賢治のたくさんの作品群から、自然に対する近代の人間の傲慢さを知り、人と生き物と地球と宇宙の関係を捉え直す、新たなコスモロジーへの方向づけを、読みとらなければならないと思います。

2009.04.02  投稿者  (21:53) | PermaLink

TrackbackURL :