トップ塾長トーク>2009年06月

塾長トーク

凛とした女の子におなりなさい 2009年6月

乙粋(おついき)   乙の魅力

 

 洗練されていて、渋みのある色気が感じられることを乙粋といいます。
 乙(おつ)で粋(いき)。
 ちょっとやそっとでは出せない、ある意味、最高級のほめ言葉です。この場合、「乙」は、「甲乙つけがたい」の乙です。普通は、「甲」より劣っている場合に使います。
 ところが、邦楽では、高い音を甲(かん)、甲より一オクターブ低い音を乙と呼びます。
 人々は、乙の音の方を、渋くて、味わいのある音だと思ったのでしょう。甲の方は甲高い声などに
使われ、好感度は乙よりも低いようです。
 あるところでは、劣っているとされる言葉も、別の場面では、最高級のほめ言葉になるのですね。
                                            「美人の日本語」(幻冬舎)より

 

  凛とした女の子におなりなさい

 

 「20世紀の偉大な作詞家」といわれた阿久悠さんのことは、かつてこの紙面でも書きました。亡くなられてちょうど一年後に出版されていた本ですが、先日書店でみつけました。
 『凛とした女の子におなりなさい』(暮らしの手帖社2008.9.9発行)です。阿久さんの未完の仕事が四つあるそうですが、その中の一つです。暮らしの手帖「日本人らしいひと」に連載されていたものです。
殺伐とした、いやな事件ばかりの世の中で、なにか、わたしたちの日々の暮らしに灯りをともしてもらえるような、元気づけてくれるような詩をと、編集部が阿久さんにお願いしたそうです。
 原稿は、すべて、太めのサインペンで手書き。一字一字ていねいに、独特の文字で綴られ、毎回毎回の原稿が楽しみであったと編集部の人が述懐しています。9回目の原稿が最後になってしまいました。
 詩のタイトルは、
    縁側のご意見番 
    母は父の専属通訳 
    毎日が正装の先生 
    おせっかいな案内人 
    少年が憧れたおとなの男 
    窓辺で本を読む親 
    かつてあったやせがまん 
    凛とした女の子におなりなさい(直筆原稿) 
    少年はみな はにかみだった  

 この9篇のほかに傑作選として5篇、さらに、盟友ともいうべき作曲家の都倉俊一氏の解説「言葉の包容力」、また、阿久さんをずっと支えてこられた奥様の深田雄子さんのあとがき「お礼」と、すべて感動的な文章で、阿久悠さんに捧げる一冊としてまとめられています。
 都倉俊一氏の解説ですべて語られているのでそのまま引用します。
 「日本人らしいひと」と題された9篇の詩を読むと、ぼくと阿久さんの共通点というか、日本人の忘れようとしているもの、忘れてしまったものについて、どう考えるのか、というテーマに行き当たる。
 この中で、阿久さんの言っているのは、まさに人間の根っこの部分、日本人の生態そのものではないだろうか。
 大切なのは、日本人が、いまの日本が、忘れようとしているものは、これから二世代、三世代も経つと、完全に忘れられてしまう可能性があるということ。ぼくは、いまならまだ間に合うのではないかと考えている。いまは、縁側も長屋も少なくなったけれど、人間として、日本人として、こころの中のどこかに、残すべきものは残す、ということを阿久さんは言っているように思う。
 日本の歴史そのものが、伝統や習慣といったものを延々と維持してきたし、これが忘れられようとしたときに、自浄作用とでもいうか、阿久さんのような人が出現して、ちょっと注意を喚起する。ぼくは、これは文化人の果たすべきひとつの役目だと思っている。
 わずか9篇の詩ではあるが、忘れようとしている、失いかけようとしている日本人の美徳を、忘れない、失わない、という阿久さんの熱い思いが窺える。(中略)
 「凛とした女の子におなりなさい」は、阿久さん独特の言い回し。阿久さんは、大柄で肩で風を切って歩く女性が好き。タイトルになるだけあって、これは阿久さんの、若い女性だけではなく、ぼくたち日本人全員に向けた励ましに思える。

 最後の「少年はみな はにかみだった」。この、出たがり屋の多い時代に、阿久さんは、はにかみを見た。これは、はにかむという、このところの日本人が忘れていたこと。はにかみがなければ、単に、天才少年現る、で終わってしまうところであろう。この、はにかみ王子が話題になって、社会現象になるのは、まだ、日本人が日本人らしさを持っている証しと思う。こういったことが無くなってしまうことを、阿久さんもいちばん恐れていたのだろう。
 阿久さんには師匠もいなければ、弟子もとらなかった。その意味では、教育者ではなかった。残されたこの9篇の詩を読むと、勉強しろとか、こうしろとか、色に染めてやろうなどとは、一言も言っていない。しかし阿久さんの持つ言葉の包容力や愛情で、読む人が自然に育つ、とぼくは思っている。
  40年近い付き合いのある都倉俊一氏ならではの解説です。奥様の結びは、
 作品は一人歩きするものです。
  この本を一人でも多くの方に読んでもらいたい。
  この本が大きく成長してもらいたい。
  この本を手にした方は、他の方に見せて下さいますようにお願いいたします。
  それが何よりも阿久が喜ぶ事です。
  さて、
  私はこれから、どう生きていこう。
  顔を上げ、ニコニコして、前を向いて。
  凛として生きよう。
  時々でいいから、私の横に並んでいて下さい。

2009.06.13  投稿者 ikueigk | PermaLink | トラックバック(0)