塾長トーク
思考の整理学 2009年9月
虫時雨(むししぐれ) 左脳で聞く音
「虫時雨」とは、鳴きしきる虫の音を時雨の音にたとえていったものです。
時雨は、降ったりやんだりする小雨のこと。
音を時雨にたとえたものには、ほかに、「蝉時雨」や「川音の時雨」があります。
日本人は、虫の鳴き声を左脳でも聞く数少ない民族だそうです。
右脳しか使わなければ、単なる物音や雑音としてしか聞こえない虫の泣き声を、日本人は、虫の「声」として言葉として聞いているのですね。
右脳で感じた音を左脳で翻訳し、また、右脳で感じるという作業を繰り返しているのでしょう。
それは、相手の言った言葉から、その気持ちを汲み取る作業と似ています。
あなたは、虫たちの声から、どんなメッセージを汲み取りますか?
「美人の日本語」(幻冬舎)より
思考の整理学
東京大と京都大で昨年一番読まれた本です。外山滋比古先生(お茶の水女子大名誉教授)がこの本を書かれたのは、一九八三年です。「ちくまセミナー」というシリーズの一冊として刊行され、八六年に文庫化されました。「ものを考えるとはどういうことか」を軽妙な筆致でつづったエッセーです。
一昨年、盛岡市にある書店の店員が「もっと若い時に読んでいれば……、そう思わずにいられませんでした」と手書きの推薦コメントをつけて販売したのがきっかけで、突然売れ始めたそうです。発売から二十一年かけて十七万部とゆっくりした売れ行きだったのが、この二年で八十八万部まで伸びているそうです。筑摩書房は、本の帯に「東大・京大で一番読まれた本」というコピーをつけたので、さらに人気が出ているとのことです。
ほとんどの学生が生まれていなかったころに出版された本が、なぜ今の若者をひきつけるのか。出版社や大学生協が理由を探ろうと外山先生を東大駒場キャンパスに招き、七月一日、講演会を開きました。その内容が、朝日新聞(八月三日付「教育」の紙面)に紹介されていましたので興味深く読みました。
以下、記事の引用です。
外山さんは、大正生まれの八十五歳、「思考の整理学を語る」をテーマに、二時間近く立ちっぱなしで話し続けた。「コンピューターに負けないためにどうすればいいか。ずっと考えていて、『忘却こそが大切だ』と気づきました」
「思考の整理学」は、考えることの楽しさを述べた本だ。それが「忘却」と、どう結びつくのか。外山さんは語り始めた。
「人間は記憶と再生で、コンピューターにはかなわない。私たちの記憶力は不完全で、絶えず忘れてしまう。でも、人間のように選択しながらうまく忘れることがコンピューターにはできない」「忘れることを恐れないこと。おびただしい情報で、頭がメタボになれば、考えることができなくなる」
東京文理科大(今の筑波大)を卒業後、八十九年にお茶の水女子大を退官するまで、長く教壇に立った。そんな外山さんがずっと抱いていたのは、意外にも学生の名前が覚えられないという悩みだった。「記憶力の悪さがコンプレックスだった」
悩みが氷解したのは五十歳の時。フランスの思想家モンテーニュも「記憶力が悪い」と悩んでいたと知り、勇気がわいた、と明かした。コンピューターのように詰め込んだ情報と、自分の頭を使って考えた思考の違いを、忘却と記憶から説く。独特のたとえを交えた語りはエッセーそのまま。何より訴えるのは、自分の頭で考える重要性だ。
質疑応答で、学生の一人が「忘却せよ、と言われると、僕は瞬く間に単位を落としてしまいそうです」と質問。会場が笑いにつつまれた。これに外山さんはまじめに答える。「知識も食べ物と同じで大事なものだけ頭で消化して、不要なものは出してしまう。知識を得られるだけ得た後、自分で適当にそれを捨てて、頭に残った知識を個性化していくことです。新しい考えは集団の単位ではなく、一人で考えないといけない。それでなくては前人未踏の思考にたどりつかない」
「先生の理論は、科学的な実証があるのですか」という質問には、あっさり「証明できません」「ただ、科学的な実証性をありがたがるのは悪いところもある。自然科学は実証性で発達してきたが、どんどん人間から遠ざかっていった」。さらに、「実証されるものに価値があるという考えだから、文科系の学問は、発展してこなかった。信じることや面白いと感じることも大切です」と切り返した。
外山さんからのメッセージ
外山さんの専門は英文学。しかし、教育論や言語論、読書論など、手がける評論は幅広く、エッセイストとしても名高い。国語の教科書や入試問題の頻出作家でもある。「思考の整理学」ブームについて、「二十年以上ほとんど顧みられることのなかった本が、全く違う読者層に読まれている。うれしいことだ」。ヒットするまで、本のことはほとんど忘れていた。時折「千部増刷しました」という出版社からの連絡で「絶版にはなってないな」と思うくらい。それが増刷がかさなり「どうしたんだ」と驚いたという。
外山さんは、この本で、三十年ぐらいの時間が流れないと作品の真の価値はわからない、と書いている。全く新しい読者に、著者の意図とは違った読み方をされることで古典になる、というのが外山理論だ。「思考の整理学」出版当時は、卒論のテーマが見つけられない学生のためのハウツー本として受け止められていたそうだ。今は、「考えることとは何か」を求めて、若者が読んでいる。自分の理論が自分の本で実証された。「僕が死んでいれば本当に古典だった。長生きしているのでまだ古典とはいえないが、著者冥利に尽きます」
東大での講演会のメッセージは「無敵は大敵だ」。人間は、逆境の中で成長するもの。テストで優秀な成績を収め、有頂天になっている人がいくらかいるんじゃないか、と思って臨んだという。
東大生に限らず、若い世代に期待している。若い読者が、時代の閉塞感や漠然とした不安を感じ、それを自分で解決しようと本を手にしてくれているのではないか、と感じるからだ。「テストの点は人生において大きな意味はない。僕から見れば、大学生の人生レースはまだ始まっていない。自分で道を探してゆく気概を持って、人間力を高めるにはどうしたらいいのか。考えてほしい」
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