塾長トーク
小説に人生あり 2009年11月
優形(やさがた) 優しさの源
優形とは、気だてや姿、振舞いが優しいことです。その「優しい」の語源は、大きく分けて二つの説があります。ひとつは、「痩(や)す」。つまり、痩せているということです。もちろん、痩せている人が優しいということではなく、身も痩せるほどに、心遣いをするということなのだそうです。
「美人の日本語」(幻冬舎)より
小説に人生あり
読書によって考える力や豊かな想像力をはぐくもう――と「学校図書館活用教育フォーラム」が、9月19日、東京学芸大で開かれました。俳優の児玉清さんが「面白小説に魅せられて」と題して基調講演。続いて、実践報告や「持続可能な未来をひらく子どもたちの読書と言葉の力」をテーマとしたパネルディスカッションなどが行われました。司書教諭の専任化や学校司書の配置などを求めるアピールも採択されました。アピールの要旨は以下の通りです。(10月7日付「読売新聞」より)
「情報化・グローバル社会を生きる子どもたちには、言葉の力や豊かな想像力が求められています。そのためには、読書や調べの学習など学校図書館を活用する教育が重要です。そこで、私たちは、次の環境整備を強くアピールします。
一、学校図書館の蔵書の充実を図ること
一、司書教諭の専任化と学校司書の配置を進めること一、図書館活用教育の方法を教員養成課程で学べるようにすること
一、新聞を教材として学校図書館に配備すること」などです。
児玉清さんは、芸能界きっての読書家としてよく知られています。基調講演の内容をふまえ、読書の醍醐味について、児玉さんのコメントを参考にしながら考えてみることにします。基調講演の内容は以下の通りです。
「10歳ぐらいの時に本の面白さに魅せられて、この65年間、ずっと面白本を追いかけています。
いま、世の中には面白い小説が満ちあふれています。医学、技術、法律など、数え上げたらきりがないほど、さまざまなジャンルを舞台に面白小説が書かれています。しかし、それを読む人が反比例するように少なくなっています。大人も読まなければ、子供も読まない。まさにいま、日本はそういう国になっています。
『アタック25』というクイズ番組の司会をしていますが、本に関する問題の正答率は極端に低くなりました。谷崎潤一郎も知りません。「細雪」は「ほそゆき」と読まれます。夏目漱石となぜか永井荷風、そして太宰治。この3人以外はすべて消えてしまっています。
面白小説に取り付かれたきっかけは、子どものころに読んだ講談本。不世出の大関、雷電為右衛門が、さまざまな陰謀が渦巻く中、周囲の相撲取りをバッタバッタと投げ飛ばしながら、出世街道をばく進する。これを読んで、世の中には色々な不思議な人たちがいる。その人たちが様々な思いを持っているということを知りました。考える力、想像力が、いまどんどん欠如して、恥ずかしいような世の中になりつつあります。自分が怒られたからといって、それを他人に転嫁して刺す、あるいは医療や色々な現場で、総クレーマー化と言いますか、自分だけが良くて他人はすべて悪い、そういうような社会になりつつある。
すべては「本」というものを捨ててきたからではないでしょうか。あまりにも読書を軽視し、経済優先とばかりに、「金もうけがすべて」という時代を続けてしまった。
いま、世に満ちている面白小説のすべてに、人生というものがはめ込まれている。実際にどんなに波乱万丈な一生を生きても、何冊もの本を読み、たくさんの人生を重ね合わせてみることにはとてもかないません。「見たものだけが現実」という人たちがどんどん増えている。小説、物語を読むことによって、いかに多種多様な人間がいるか、しかもその人たちが、皆違う心を持っていることを知ることが出来る。そのことから人間をいとおしく思う心が広がることは間違いありません。
子どもたちが本を読まない社会、国に未来はありません。決して難しい本を読めというのではなく、あらゆる人生が込められている活字の世界に触れさせるということが大切です」と。
現在、児玉清さんの読書量は、月に15から20冊程度で、そのうち半数は、仕事でレビューをするためのものだそうです。いつでもどこでも読んでいるようですが、ただ一つ決まっているのは、眠る前には一番お気に入りの本を読むことで、何者にも代えがたい幸せな時間とのことです。読書を楽しむための秘けつがあるとすれば、それは少年の心を持ち続けることかもしれないとも。年齢を重ねると、本に対するワクワク感が減ってくる感じがしますが、心の中にある自分というものは、そうそう変わりはしない。確かに年をとると経験則が増えますし、理解も早くはなりますが、本に対する思いはずっと「少年の心」のままだからこそ楽しめるのだと思います。
読書は想像力の源、知識の源――すべての根源です。癒しになることもあれば勇気を与えてくれることもあります。現実では入れない場所に行き、夢をかなえ、ときには命のやり取りをすることさえできます。まさに読書の醍醐味です。
本には、人生のあらゆることが書いてあります。つまり、本を読めば「他人を知る」ことができるのです。通り魔事件やクレーマー問題、偽装事件などは、他者に対する思いやりや想像力の欠如に端を発しているといえるのではないでしょうか。
子どもたちが健全に育っていくことが非常に難しい時代になっています。子どもの頃から本の世界に触れていれば、他者を思いやる心は自然と養われていくはずなのです。
気持ちにそぐう言葉たち 2009年10月
想紫苑(おもわれしおん) 倒れても起き上がる強さ
10月の誕生色は野に咲く紫苑の明るい紫。秋の野を代表する花です。「しおん」という美しい名前は漢名をそのまま音読みしたもので、台風に倒れてもいち早く立ち直る花としても知られています。
昔、親を亡くした兄弟がいて、兄の方は忘れ草である萱草(かんぞう)を、弟の方は思い草といわれる紫苑を、そのお墓に植えました。兄は親のことを忘れてしまいましたが、弟の方はいつまでも覚えていたということです。
この話に鬼も感動したので、紫苑は「鬼の醜草(しこくさ)」と呼ばれるようになったとか。ちょっとひどい名前のようですが、「醜」(しこ)とは強いという意味なんです。かよわそうに見えますが、どんなに強い風が吹き荒れても、心には決して忘れない思いを秘め、倒れてもすぐ起き上がる……。
風の強い日は、野でそよ風に耐えているであろう紫苑の花を想います。
「美人の日本語」(幻冬舎)より
気持ちにそぐう言葉たち
「世界一受けたい授業」に登場する金田一秀穂先生が、擬音語や擬態語について綴った本のタイトルです。(清流出版・2009.4.10)擬音語や擬態語が果たす具体的な役割について考えてみましょう。
言葉は決して万能ではありません。人の気持ちを十全に表す道具としては、かえって不足しているといえます。体で表現する方が、よっぽど相手に伝わる場合もあります。ですが、言葉で表現できないままという訳にはいきません。つまり、言葉と言葉の間にある隙間を埋めようとして生み出されたことばが、擬音語や擬態語です。ですから、中途半端で曖昧だったりします。勝手につくることもできるので、低級な言葉とも言えます。ですが、「悲しい」や「怒りっぽい」といった言葉よりも、「めそめそ」「イライラ」の方が、人の気持ちをより素直に表現できます。この本を執筆されたのは、こうした言葉の意味を、うまく伝えることができればと思ったからだそうです。この本の「はじめに」は、次のように書かれています。
「気持ちで感じていることと、言葉に表わされたこととの間には、かなりの隔たりがある。例えば、納豆を食べる。醤油もなにも加えず、食べてみる。その味を、どう表わしたらいいのか。辛いのでもなく甘いのでもなくすっぱいのでもない。しかし、無味というわけではない。舌に感じるものは、柔らかく、しかも喉の奥のほうに、何かの刺激もある。何よりも、粘る。口の中で粘る。その粘りはしかし、心地よい。鼻に回って、匂いもある。刺激的で、あまりうれしくないかもしれないけれど、懐かしいような香りでもある。
そのような、口の中の感覚を、言葉で表そうとしても、難しい。強いて言うとすれば、納豆を食べたときの味、としか言いようがない。感覚には、さまざまなものが混じっている。それらが同時にやってくる。多分、脳内で意識され、そうして、ある感覚をうる。しかし、それを言葉にできない。困る。人間は、そのような微妙な感覚を、言葉に表すことで歴史を作ってきた。人類の歴史は、結局、そのような事柄の集積である。そのことは、図書館へ行けばわかる。
地上にはさまざまな言語があって、人々はそれぞれの言葉で、それぞれの感覚を表現しようと苦心してきた。私たち、日本人も、日本語を使って、どうしたら、この気持ちをきちんと素直に言い表わせるか、努力してきた。日本語には、そこに、擬音語、擬態語という、とても便利なものがある。でき合いの言葉では、言えない、隙間を埋めるための言葉。気持ちの海のなかに浮かぶ言葉という島と島の間に、さんご礁のように浮かぶ、ぼんやりとした、表現されるもの。
そのようなものを、採集してみた。」ということで、すべて羅列してみます。
うとうと うつらうつら うっとり のびのび のんびり しとしと しっとり じとじと じっとり さくさく さっくり しみじみ しんみり ちょきちょき
ちょっきん じわじわ じんわり わさわさ ハックション フェックショーイ ぼんやり ぼーっと ふわふわ ふんわり ちらほら ちらりほらり ぷーん ぷんぷん ざっざっ びかっびかっ つるつる ぴちんっ ちんじゃら
じゃらじゃら 朗朗と 嫋嫋と ぴったり しっくり うかうか うっかり
すっきり ごてごて ほやほや ほかほか ぎっくり ぽっくり どたどた ぜいぜい カタカタ パタパタ ねばねば ねちゃねちゃ びっくり
じっくり クラムボン かぷかぷ きゅっきゅ ぴかぴか ぐつぐつ ごろごろ とろとろ とろり そわそわ まったり じゃみじゃみ がぽじゃぽ 煌々 凛々 ぼりぼり ぽりぽり ペラペラ スラスラ
それぞれの言葉についての、金田一先生の語り口がユニークです。擬音語や擬態語を使った国語の授業が面白くなりそうです。
金田一先生は、青少年に対して次のように語っています。
「今、世間に横行する情報は、必要のない情報であったり、編集されていたりすることが多い。時にはウソもある。マスコミが大声で騒ぎたて、視聴率ほしさのつくり上げられた情報に、踊らされてはいけない。愚かな情報を、おもしろがって流し、視聴率が上がれば、またこぞって報道する。そうして愚かな政治家が選ばれるようになれば、国は転落してしまいます。本物の情報は少ない。本当のことは、とても小さな声で語られています。耳をすまして、本物の情報を選び出す能力を身につけてほしいのです。
言葉に騙されてはいけません。そのために、批判能力や懐疑的精神も必要になってくるでしょう。自分の頭で考え、正邪を見極める。そうした力を養うことは、未来を生きるみなさんにとって、大切なことなのです。」
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