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塾長トーク

気持ちにそぐう言葉たち 2009年10月

想紫苑(おもわれしおん)   倒れても起き上がる強さ

 10月の誕生色は野に咲く紫苑の明るい紫。秋の野を代表する花です。「しおん」という美しい名前は漢名をそのまま音読みしたもので、台風に倒れてもいち早く立ち直る花としても知られています。

 昔、親を亡くした兄弟がいて、兄の方は忘れ草である萱草(かんぞう)を、弟の方は思い草といわれる紫苑を、そのお墓に植えました。兄は親のことを忘れてしまいましたが、弟の方はいつまでも覚えていたということです。

 この話に鬼も感動したので、紫苑は「鬼の醜草(しこくさ)」と呼ばれるようになったとか。ちょっとひどい名前のようですが、「醜」(しこ)とは強いという意味なんです。かよわそうに見えますが、どんなに強い風が吹き荒れても、心には決して忘れない思いを秘め、倒れてもすぐ起き上がる……。

 風の強い日は、野でそよ風に耐えているであろう紫苑の花を想います。

「美人の日本語」(幻冬舎)より

 

  気持ちにそぐう言葉たち

 「世界一受けたい授業」に登場する金田一秀穂先生が、擬音語や擬態語について綴った本のタイトルです。(清流出版・2009.4.10)擬音語や擬態語が果たす具体的な役割について考えてみましょう。

 言葉は決して万能ではありません。人の気持ちを十全に表す道具としては、かえって不足しているといえます。体で表現する方が、よっぽど相手に伝わる場合もあります。ですが、言葉で表現できないままという訳にはいきません。つまり、言葉と言葉の間にある隙間を埋めようとして生み出されたことばが、擬音語や擬態語です。ですから、中途半端で曖昧だったりします。勝手につくることもできるので、低級な言葉とも言えます。

 ですが、「悲しい」や「怒りっぽい」といった言葉よりも、「めそめそ」「イライラ」の方が、人の気持ちをより素直に表現できます。この本を執筆されたのは、こうした言葉の意味を、うまく伝えることができればと思ったからだそうです。この本の「はじめに」は、次のように書かれています。

 

 

「気持ちで感じていることと、言葉に表わされたこととの間には、かなりの隔たりがある。例えば、納豆を食べる。醤油もなにも加えず、食べてみる。その味を、どう表わしたらいいのか。辛いのでもなく甘いのでもなくすっぱいのでもない。しかし、無味というわけではない。舌に感じるものは、柔らかく、しかも喉の奥のほうに、何かの刺激もある。何よりも、粘る。口の中で粘る。その粘りはしかし、心地よい。鼻に回って、匂いもある。刺激的で、あまりうれしくないかもしれないけれど、懐かしいような香りでもある。

 

そのような、口の中の感覚を、言葉で表そうとしても、難しい。強いて言うとすれば、納豆を食べたときの味、としか言いようがない。感覚には、さまざまなものが混じっている。それらが同時にやってくる。多分、脳内で意識され、そうして、ある感覚をうる。しかし、それを言葉にできない。困る。人間は、そのような微妙な感覚を、言葉に表すことで歴史を作ってきた。人類の歴史は、結局、そのような事柄の集積である。そのことは、図書館へ行けばわかる。

 

 

 地上にはさまざまな言語があって、人々はそれぞれの言葉で、それぞれの感覚を表現しようと苦心してきた。私たち、日本人も、日本語を使って、どうしたら、この気持ちをきちんと素直に言い表わせるか、努力してきた。日本語には、そこに、擬音語、擬態語という、とても便利なものがある。でき合いの言葉では、言えない、隙間を埋めるための言葉。気持ちの海のなかに浮かぶ言葉という島と島の間に、さんご礁のように浮かぶ、ぼんやりとした、表現されるもの。

 

 そのようなものを、採集してみた。」ということで、すべて羅列してみます。

 

 

 うとうと  うつらうつら  うっとり  のびのび  のんびり  しとしと  しっとり  じとじと じっとり  さくさく  さっくり  しみじみ しんみり  ちょきちょき  

ちょっきん  じわじわ じんわり  わさわさ  ハックション  フェックショーイ  ぼんやり  ぼーっと  ふわふわ ふんわり  ちらほら  ちらりほらり  ぷーん  ぷんぷん  ざっざっ  びかっびかっ つるつる  ぴちんっ  ちんじゃら  

じゃらじゃら  朗朗と  嫋嫋と  ぴったり  しっくり うかうか  うっかり  

すっきり  ごてごて  ほやほや  ほかほか  ぎっくり  ぽっくり どたどた  ぜいぜい  カタカタ  パタパタ  ねばねば  ねちゃねちゃ  びっくり  

じっくり クラムボン  かぷかぷ  きゅっきゅ  ぴかぴか  ぐつぐつ  ごろごろ  とろとろ  とろり  そわそわ  まったり  じゃみじゃみ  がぽじゃぽ  煌々  凛々  ぼりぼり  ぽりぽり ペラペラ  スラスラ

 

 

 それぞれの言葉についての、金田一先生の語り口がユニークです。擬音語や擬態語を使った国語の授業が面白くなりそうです。

 金田一先生は、青少年に対して次のように語っています。

 「今、世間に横行する情報は、必要のない情報であったり、編集されていたりすることが多い。時にはウソもある。マスコミが大声で騒ぎたて、視聴率ほしさのつくり上げられた情報に、踊らされてはいけない。愚かな情報を、おもしろがって流し、視聴率が上がれば、またこぞって報道する。そうして愚かな政治家が選ばれるようになれば、国は転落してしまいます。本物の情報は少ない。本当のことは、とても小さな声で語られています。耳をすまして、本物の情報を選び出す能力を身につけてほしいのです。

 言葉に騙されてはいけません。そのために、批判能力や懐疑的精神も必要になってくるでしょう。自分の頭で考え、正邪を見極める。そうした力を養うことは、未来を生きるみなさんにとって、大切なことなのです。」

 

 

2009.11.27  投稿者 ikueigk (23:55) | PermaLink

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