塾長トーク
国民読書年 2010年4月 @文京区 都立中高一貫校
蘖(ひこばえ) そしてまた一歩から
切り株や根元から出てきた新芽のことを蘖といいます。「ひこ」とは曾孫(ひまご)のことです。
太い幹に対して、新しく生えたかわいい新芽を曾孫に見立てて、蘖と呼ぶようになりました。
切り株や根元の幹から、かわいい新芽が出ているのを見つけると、思わず微笑んでしまいます。
そして、その生命力に、感動すらおぼえます。
何年も何十年も、年輪を重ねて、枝をのばし、葉を茂らせてきた営みが、切り倒されれば、すべて無になってしまいます。それでも、何も言わずに新しい芽を出していく……当然のように、新しい一歩を踏み出しているのです。
どんなに言葉を尽くしても、蘖の無言の教えには、かないません。
「美人の日本語」(幻冬舎)より
国民読書年フォーラム
今年は、衆参両院で採択した決議に基づいてつくられた「国民読書年」となっています。2000年の「子ども読書年」からちょうど10年です。この間に「子どもの読書活動推進法」「文字・活字文化振興法」なども制定されていますが、大人の五52%は、一か月間に一冊も本を読んでいないのが現状です。
文字・活字という知的財産を受け継ぎ、心豊かな社会を実現するため、政官民が協力し国を挙げて読書活動を盛り上げようと、活字文化議員連盟が呼びかけて採択されたのです。各地でいろいろなイベントも開かれ、2月6日には、千葉県市川市で読売新聞社主管によるフォーラムが開かれました。(読売新聞2月21日朝刊より)
斎藤孝先生(明治大学教授)の基調講演、テーマは「読書力とコミュニケーション力」。続いて作家の奥泉光さん、セブン&アイ出版社長の水越さくえさん、文字・活字文化推進機構理事長の肥田美代子さんによるパネル討論、テーマは「言葉の力と心をはぐくむ」について語り合っています。
最後に、以下のようなフォーラム宣言文を採択しています。
「わが国は千数百年の書物文化の歴史を持ち、すばらしい文学などを生み出してきました。本や新聞などの活字文化は考える力や想像力はもちろん、言葉の力や人を慈しむ心もはぐくんでくれます。こうした貴重な財産を受け継ぎ、発展させて、心豊かな活力あふれる社会を築くことは私たちの願いです。今年は『国民読書年』です。これを機に、私たち国民一人ひとりが、家庭で、学校で、職場で、地域で、文字・活字文化に親しむ行動を起こすことを誓います」と。
斎藤孝先生の講演要旨は、以下の通りです。
「どうして本が大事なのか、読書が大切なのか。家に本があるということが大切なことなんです。本があるということは、大変な偉人、先人が部屋にいて刺激を与えてくれるということです。ニーチェやフロイト、福沢諭吉などが本棚に並んで背表紙からにらみをきかせてくれているわけです。
人間の文明は元来、言葉、中でも書き言葉によって成り立っています。活版印刷術が生まれ、知が共有されるようになってから急激に文明が発達したのです。書き言葉を共有していない日本人が半数近くいるとなると、社会は発展をあきらめただけでなく、相互のコミュニケーションができにくくなってしまいます。『むかつく』という言葉の流行を研究したとき、生徒たちが授業中に『むかつく』ばかり言って、授業にならないという相談を学校の先生から受けたことがあり、ここまで日本人の知性がなくなったのかと驚きました。
実は、他者に対する態度というのは、読書量と関係があります。読書というのは、人の話をたくさん聞くという行為だから、他者の話を落ち着いて聞けるようになります。『むかつく』『うざい』と、コミュニケーションを断ち切るような態度には出なくなるわけです。まずは話を聞き、ちゃんと理解した上で、自分のコメントをする、そういう対話ができるようになります。本を読まない人でも会話はできていますが、その会話と対話はレベルが違います。大学のゼミで学生と話をすれば、どの程度読書をしているかがわかります。書き言葉にしか出てこない語彙を話し言葉で使っているかどうかでわかるわけです。
皆さんは漢字の力があるから、私の話が聞き取れます。意味の含有率が高い話をしようとしたら、漢字の熟語を使わざるを得ません。従って、話す、聞くの根底には漢字変換力、文字に直す力が無意識に働き、それらは読書量に支えられているわけです。
内容の濃い対話をするためには、要約力、質問力、コメント力が大切です。要約力は、相手の言っていることをぎゅっとまとめる力。本を読んでいると、まとめる力は付いてきます。質問力は、相手に『ああ、いいことを聞いてくれた』と思わせる力です。私の場合、筆者らに聞きたいというところに印を付けながら読んでいます。相手の言葉にコメントしてあげると、コミュニケーションがうまくいきます。自分の考えを研ぎ澄まして、ひとつの言葉に凝縮する作業には集中力がいりますが、読書によって得られる語彙や言い回しを引用しながら話すと、キレのいいコメントができるようになります。
読書とは人間における知性の土台みたいなものです。ちゃんと歩かないと、健康が損なわれるように、本を読んでいないと粗雑な人間になってしまいがちです。落ち着いて話すことができるメンタリティーと力を育ててくれるのです」と。
機構ではロゴマークやポスターもつくっています。10月には、東京で大きな祭典も予定されているようです。
作文上達のコツ 2010年3月 @文京区都立中高一貫校
五輪(ごりん) 身体の中の宇宙
五輪といえば、4年に一度の近代オリンピックの代名詞になりました。
オリンピック旗の五つの輪は、左から、オセアニア、アジア、アフリカ、ヨーロッパ、アメリカの五大陸を表すものです。
でも、「五輪」という言葉は、昔からあります。
仏教で、宇宙の万物を構成する五つの要素のことです。地、水、火、風、空の五つで、「五大」「五智輪」ともいいます。
宮本武蔵が書いたといわれる「五輪書」も、この「五輪」になぞらえて、武芸兵法の心得を綴ったもので、地、水、火、風、空の五つの巻に分かれています。
人の身体に当てはめて、「五体」と同様の意味で使われることもありました。
万物の構成要素が、私たちの身体の中にも、あるのですね。
身体の中も、心の中も、まだまだ、未知なる宇宙です。
「美人の日本語」(幻冬舎)より
作文上達のコツ
一夜漬けでは決して上達しない作文、国語だけでなく、様々な教科を学ぶために大切な能力なのですが、じっくり取り組む時間の余裕がないのが教育現場の実状でしょう。日本経済新聞1月15日付夕刊「らいふプラス」の面に、「自宅で作文上達のコツは」(小学生向け)と題して、3人の専門家のアドバイスが記事になっていました。ポイントをまとめておきますので、作文指導の参考にしてください。
まずは、1月号でも紹介した宮川俊彦先生(国語作文教育研究所)。
よく「自由に書いていいよ」というアドバイスをしますが、それは逆効果です。子どもたちは「何を書いたら無難だろうか」と意識しすぎてしまい、書く手がとまってしまいます。むしろ「○○○を書いてみたら」とテーマの糸口を与えるのです。内容は「冷蔵庫の中身」や「今日のイライラ」など何でもありです。一つのことを毎日ひたすら記録するだけでもいいのです。毎日の記録はとても大切です。毎月のテーマに関連することを、いろいろとひろいあげて、子どもたちとの会話をはずませてほしと思います。「『書くことがない』なんて言わせないことが大事」です。
頭の中で考えたことをそのまま文字にするのは難しいのです。本当に言いたかったことと、子どもたちが書いた内容のギャップに注目する必要があります。作文を読んだ後、子どもの話を聞くのです。そして書けなかったことを直すのではなく、「言いたいことがいっぱいあるのね」と肯定的にとらえてあげるのです。そうすれば、「自分の作文を理解してくれたと思い、上達につながる」ということです。
次に、作文専門塾「言葉の森」を主宰する中根克明先生。
原稿用紙に向かう前の「準備」を重視し工夫しています。まず白い紙を用意し、そこに四角い枠
をいくつも書きます。その中に、思いついた文章や単語を書き出します。例えば、「今日は寒い」「富士山がきれい」「皆でサッカーをした」……。書きながら、枠同士を矢印で結んで自分が考えたことを説明したり、イラストを書き添えたりします。その後、その紙を見ながら原稿用紙に作文を書き始めるのです。アイデアや書きたいことを視覚化して整理することで、長文を書くことに慣れていくことができます。長い文章をいきなり書かせるとだいたい短く終わってしまいます。
最後に、小学校教諭の森川正樹先生(兵庫県尼崎市立武庫小学校)。
作文への苦手意識を払拭するために、短文を書くことを勧め、「箇条書きの鬼になれ」と言っているそうです。家庭では「発見ノート」を持たせ、見つけたことをひたすらメモさせているとのです。「子どもは言葉を捕まえてくる中で『書いている自分』を発見し、作文への抵抗感が薄まる」ようです。
その応用編として、「親と子の聞き取りゲーム」を紹介しています。保護者が「今日は子供の日だったね」などと切り出し、筋道を立てて話します。それを子どもがすべてメモして、全部書き取れたら満点です。単純な方法にも思えますが、「書き取りの中で論理的な文章の型を教えることができる」といいます。
作文の書き出しは、多くの子どもが苦手です。「どう書き始めたらいいか」と考え込んでしまって、原稿用紙が一行も埋まらないこともあります。森川先生は、作文の「まね」から入ることを勧めています。面白いと思った本を片っ端から図書館から持ってこさせ、その本の書き出しの表現をまねてみるのです。「自分で考えようと言われても、それができない場合が多い」ので、様々な好きな本をまねすることで、逆に文章の個性は広がるようです。
他人の文章から学ぶことが大切なことは、どの先生も指摘しています。中根先生が強調しているのは、音読で文章を記憶することです。教科書に載っているような名作ではなく、自分が書く作文に近いイメージのエッセーなどが適しているとのことです。
家庭での作文上達のポイントをまとめると次の5カ条になります。
1、「自由に書いて」は禁句
2、作文のテーマを積極的に与える
3、書き始める前に、考えをメモに
4、保護者の話を聞き書きさせる
5、好きな本のまねもOK
志ある子を育てる 2010年2月 @文京区 学習塾 中学受験
心根(こころね) 花の咲かない冬の日は……
心を土壌に見立てる発想は、農耕民族の日本人らしいですね。
心根は、時には本性をさしたり、根性や気だてをさしたりしますが、どれも心の深い部分のことです。植物は、根っこさえ枯れなければいつか芽を出し、花を咲かせたり、実を結んだりすることができます。
人の心も同じではないでしょうか。
心にも花が咲きます。そして枯れてしまうこともあります。
そんな時でも、根だけは枯らさないように、土を耕したり、肥やしをあげたりすることが大切なのですね。下へ下へと丈夫な根を伸ばせば、今度は、きっと、前よりもすばらしい花が、咲くことでしょう。
「美人の日本語」(幻冬舎)より
志(こころざし)ある子を育てる
児童心理(金子書房)1月号の特集タイトルです。「志」という言葉を聞くことも使うことも少なくなってきているように思います。「志す」となれば、「心指す」の意味になり、心がその方に向かうこと。成し遂げようとする目標を心に決めるという意味になります。人生に対する前向きの姿勢、生きる情熱に通じる志をもつことは、いつの時代でも大切なことに変わりはありません。夢や希望がもちにくいといわれる昨今、子どもの志を育てるにはどうしたらよいかを考える内容になっています。
体験談コーナーのタイトルは、「私に志が芽生えたとき、そして現在の私」。安部譲二(作家・「ジェットコースターのような人生」)、尾木直樹(教育評論家・「虹の志」)、片岡鶴太郎(俳優・画家・「心のゆくところを見極める」)、中村桂子(JT生命誌研究館館長・「志を持ちそびれて」)、舞の海秀平(スポーツキャスター・「夢が決意に変わったとき」)、増井光子(よこはま動物園ズーラシア園長・「願うと道は拓ける」)の六名の方々の体験です。やはり体験談の方が印象に残りますね。
精神科医の春日武彦氏が、「志なき時代の中で」と題する小論の結論部分で、生きる意味について言及しています。生きる意味については別の文脈に属す二つの回答があるのではないかとし、ひとつは、多様性ということについて。
「人類そのものに多様性があればあるほど、危機を乗り切ることも可能性を活かすことも容易になる。あえて個性とは言わない。人それぞれの多様性が、人類に可能性と『したたかさ』をもたらす。そういった点では、生きる意味とは『とにかく生きていること』そのものであるということになる。さらに言えば、自分らしく生きることがベストというわけで、だからそれが何らかの成果をもたらすかどうかはわからないけれども、潜在的な可能性を示しただけで生きる意味は十分に果たしているということになるだろう」と。
もうひとつは、もっと個人レベルで「充実感」といったものをどれだけ大切に思うかといった点を指摘しています。
「本来、なぜ人の心は充実感を覚えるようにできているのだろうか。答えは、それが精神的な安定をもたらすからである。寂しさや不安や無力感や、それどころか(おそらく)衰弱や死への恐れさえも、その由来は空虚さへの本能的な嫌悪ないし恐怖であろう。それに拮抗し自己の存在感を確認する証こそが充実感なのであり、だから充実感には満足感のみならず、ある種の安堵感が含まれていることになる。充実感を追求することは、生きる意味というよりは、切実感にあふれる『業』に近いものかもしれない。だが我々は、充実感を覚えることにおいて生を全うしつつあると感じるようにつくられているのである。生きる意味を実践しつつあると感じるようにできているのである。そして志は、システマチックに充実感を獲得するためにきわめて能率的な方法論でもあるのだ。志を持とうが持つまいがそれは個人の勝手かもしれない。が、志を持ったほうが明らかに人生は充実し、精神的に楽になる。現代は、そんな当たり前のことを教えてもらい損ねた不幸な人々のあふれた時代なのではないか。そんな気がしてならない」と。
片岡鶴太郎氏は、子どものころから芸能の仕事をやりたいと思っていて、小学四年のときに見た、渥美清や棟方志功のドラマに感動し、役者になろうと決めたそうです。中3まで、ほとんど勉強はしなかったようですが、中卒ではまずいと思い、裕福ではないので公立高校に行きたいと担任に相談したら、「今の成績では公立高校には行かれない」と言われ、中3の夏休みに猛勉強、その結果、学年10番以内に入り、そのとき担任の先生が、「お前はやればできるんだ。力はもっているんだから、頑張れ」と言ってくださり、その言葉が人生の一番の核になり、今でも支えられていると語っています。
高校卒業後は、片岡鶴八師匠に弟子入りして、3年後からひとりだちして、25、6歳で『オレたちひょうきん族』に出演。バラエティー中心に活動する中、俳優としての仕事も増えてきたところで、332歳からボクシングを始め、33歳でプロライセンスをとり、そして、鬼塚選手と出会い、マネージャーとして世界チャンピオンへの階段を駆け上がると同時に、役者としても充実していた。6,7年後、鬼塚選手引退、主役をつとめていたドラマ「金田一耕助」「季節はずれの海岸物語」のシリーズも終焉。そんなときに見た夕日や花の自然の姿に感動を受け、そういう自然の生命を絵に描けるようになりたいと深く強く思ったそうです。ただただ好きなものを追い求めていった結果なのだと。
最後に次のように語っています。
「志という漢字は、士に心と書きますが、士は之の変形で、心のゆくところという成り立ちなんです。つまり、志とは、本当に自分がやりたいと思っているところに向かうということです。頭であれこれ考えたり、社会に貢献するとかいうことよりも、自分の心のゆくところをちゃんと見極めるということ、自分が何を好きなのか、そこが大事だと思いますね。夢や希望がかなわないこともあるでしょう。そんなときは、また自分に向き合い、やりたいこと、好きなこと、自分の持ち味、才能を模索することです。私が描いた絵や演技を見て、何か感じていただいたら、それはうれしいことですが、感動してもらおうなんてまったく思っていません。好きなことを生業とすることが幸せだし、それが一番自分の魂が喜ぶと思います。これからも、自分の心に向き合い、こうしたい、ああしたいという思いを一つ一つ形にしていきたいと思っています」と。
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