塾長トーク
15歳の寺子屋 15歳の日本語上達法
塾長トーク 8月
入道雲(にゅうどうぐも) 大きな夏の友達
坂東太郎、筑紫二郎、丹波太郎、奈良二郎、和泉小次郎、信濃太郎、石見太郎、豊後太郎、四国三郎……。すべて入道雲の異称です。入道雲がしばしば発生する川や方角の地名を名のっています。
雷を鳴らし、恵みの雨を降らせる入道雲を、人々はやんちゃ坊主のように親しみをこめて呼んでいたのでしょう。
入道とは頭を剃って仏門に入ることですが、坊主頭のことをさすこともあります。発達した積乱雲の、雲の先が坊主頭に見えることから入道雲と呼ばれるようになりました。
冬にもできるそうですが、やはり、夏のシンボル。青い空にもくもくと盛り上がった白い雲を見ていると、「おーい」と呼びかけたくなります。
おおらかに、私たちを見守ってくれている、力強い存在ですね。
「美人の日本語」(幻冬舎)より
「15歳の寺子屋15歳の日本語上達法」
国語学者の金田一秀穂先生が中学生向けに書いた本で、講談社から発刊されています。学校嫌いだった金田一先生が教えてくれる言葉の教科書です。毎日、何気なく使っている言葉ですが、そもそも言葉とは何なのか、日本語力をアップさせる秘訣なども伝授してくれていますので、みなさんにぜひ読んでほしいと思います。次のような文面で綴られています。
「実はぼくたちは『刺身』そのものを食べているのではありません。『刺身』という言葉を食べているのです。」
「ぼくたち人間は、言葉を通じて世界とつながっています。それはまた、ぼくたちが常に世界とワンクッション置いてしかつながれないということであります。」
「言葉の意味をきちんと理解すること。それは、世の中を正確に理解することにつながっていきます。ちょうど画素数の少ないカメラより、画素数の多いカメラの方が被写体をより正確に美しくとらえることができるように、語彙を増やし、それを正確に理解しておくと、人は世の中の出来事をきちんと定義できるようになる。」
「人間にとって大切なのは記憶することではなく、頭を柔軟にし、視野を広げて、考える力をより高めていくことです。具体的には、ある知識と、まったく別の知識を結びつけて、別の考え方を作り上げていくことなんですね。」
「人生にはどうしても、この相手だけには自分の考えをきちんと伝えたいという場面が必ずあります。そんなとき、論理的で明晰な文章の構成力が身についていれば、自分の意見を感情的にならず、客観的に正確に相手に伝えることができるのです。」
良書に触れ、本物を知ろう
金田一先生は、読書についての問いかけには次のように答えています。
今は情報量がとても多く、本物と偽者が世の中にあふれています。こうした情報社会では、本物か偽者かを、見極められる目が必要です。そのために何が大切なのか。本物を知ることだと思います。
例えば、良いコックになるためには、おいしい料理をたくさん食べていなければいけません。コック自身が最高のグルメ(食通)でなければ、おいしいものは作れないでしょう。
読書も同じです。良書を見つけるためには、本物によく触れること。本物の本をたくさん読むことだと思います。それでは、本物とは何かというと、それは一人一人の感性があるから難しいけれども、やはり古くから読まれている古典を薦めたいですね。古典が苦手だったら、興味があるものを、いっぱい、がむしゃらに読んでみることです。たくさん読む中で、良書かどうかを見抜く目も自然と身に付いていくものですから。労力を少なく、手っ取り早くやりたいならば、やっぱり古典ですね。
読書の魅力とは、本物に、とても簡単に触れられることです。例えば、本物の絵や音楽、スポーツなどに触れたければ、遠くの美術館に行ったり、ライブなどに行ったりと、お金も時間も掛けます。
それに比べると、本は、古本屋に行けば、たった100円で本物に出合えることがある。カントにしろデカルトにしろ、簡単に手に入る。図書館に行けば、無料で読むことができる。
子育てに奮闘する親へのメッセージとしては、次のように語っています。
子どもに何かをさせたいと思ったら、何より大事なのが、親の姿勢です。本を読ませたいならば、親が本を読み、感動している姿を見せることが一番。自分が読んだこともないのに、子どもに勧めても効果は薄いですから。
親が教養を高めることです。本にしろ、音楽、絵画にしろ、親が教養を高め、面白いと思えば、子どもはついていくものです。また、私自身、幼いころの大好きな本は、時刻表、地図帳、百科事典など、一般的に読書の対象とされていない本ばかりでした。でも、こういう読書もあるんですね。
これらの本も、ものすごい情報が得られるし、想像力をふくらませることができます。地図帳を見て、ここには何があるのか。ここに行くには、どんな電車で行けばいいのかなど、いろんなことに思いをめぐらせながら、心を豊かにすることができます。
だから一見、普通と異なる、おかしなことのようでも、子どもが興味を持ったことは、温かく見守ってほしいなと思います。
2010.08.26 投稿者 ikueigk | PermaLink | トラックバック(0)
新聞で育む思考力、判断力、表現力 2010年7月 文京区 公立中高一貫校
塾長トーク 7月
峠(とうげ) 一年の折り返し点
「峠」という漢字は、日本で考え出されたそうです。山の上りと下りの境目ということが、よくわかります。
昔は、峠や村境に災いが入ってこないように、また、旅の安全を祈るために道祖神を祭ったそうです。その道祖神にお供え物をささげた、つまり「手向け(たむけ)」たということが、語源だそうです。「たむけ」が「とうげ」に変化していったというわけです。
夏至から十一日目にあたる日から、五日間を、「半夏生(はんげしょう)といいます。農作業がひと段落して、休息を取った時期、また、毒草や大雨を用心した時期でもありました。
七月二日はちょうど一年間の折り返し点です。一年の峠といえるかもしれません。あらためて、一年の旅路の幸せと無事を祈りましょう。
「美人の日本語」(幻冬舎)より
新聞で育む思考力、判断力、表現力
「読売NIE(Newspaper In Education)セミナー」(4月24日)のテーマです。今年で18回目です。新しい学習指導要領や教科書に「新聞の活用」が入り、全国学力テストにも新聞で読解力を試す問題が出題されました。教材としての新聞の有用性に注目が集まっています。新聞各社も積極的に取り組んでいる記事が目立つようになりました。
NIE(エヌ・アイ・イー)とは、いうまでもなく、学校などで新聞を教材として活用することです。
1930年代にアメリカで始まり、日本では1985年、静岡で開かれた新聞大会で提唱されました。89年から日本新聞協会と教育界が協力して組織的に取り組み始め、今年で21年目です。新聞各社も力を入れています。読売新聞でも定期的にカラー見開きの特集を掲載しており、各地の学校に記者を派遣し「出前授業」をしたり、先生向けのガイドや「親子新聞教室」など多彩な事業を展開しています。現在、NIEを実践している国は、70か国をこえ、日本で実践している学校は500校を超えています。
セミナーでの昨年の基調講演は斎藤孝先生、今年は乙武洋匡さんでした。それぞれの講演内容を抜粋してまとめておきます。
斉藤先生は、「言葉の大切さ」と題して、活字文化を推進していくことの重要性を訴えています。
今の学生は、新聞も本もあまり読まず、「活字を読まない人間撲滅運動」が必要であると。新聞は「社会の凝縮」という感じで、川のように流れる社会を毎日すくって見せてくれる。テレビや携帯電話でニュースは十分という人がいるが、それらは細切れで誤解を受けやすい媒体。テレビはまとまった話をするには不向きだが、新聞ははっきり論評できる。認識力を高めるには、書き言葉の力が不可欠である。
日本の昔の教育では、文語体の本をそのまま暗唱させた。夏目漱石や幸田露伴など明治の人は漢字漢文の素養があった。熟語を組み合わせ、文脈を理解する力こそが頭の良さだと知られていた。
話し言葉には、広辞苑に載っているうちの数十分の一程度しか使われない。細切れの知識では発展性がなく、活字を読まない人は的確な表現や論理的な話ができない。プールで泳いでいるのに、海を泳いだ気になっているようなもの。新聞や本を読んでいないと話が散漫になり、そういう人は面接ですぐわかってしまう。
学生によく「私の話が頭の中で漢字に変換できているか」と確認する。人の話を頭の中で活字にしながら聴く力がないと、有益な情報を取り逃がしてしまう。日本の子どもの読解力が落ちているといわれるのに、誰も責任をとらない。自衛するしかない。
活字を読むことで人が理解力を深めるようになると、他人に寛容になれて、社会も安定してくる。言葉に習熟すると自分の気持ちが楽になり、キレにくくもなる。感情も言葉で成り立っている。母語である日本語を通じてしか、世界を理解することはできないわけだから、活字文化を推進していくことはとても重要だと。
乙武洋匡さんは、「教育現場を経験して」と題して、子どもたちとどのように接したかを報告してくれています。
今年三月までの三年間、公立小学校の教員をした。両親や先生など周りの大人に恵まれて成長したので、次の世代に恩返しをしたいと思い、教員の世界に飛び込んだ。いろいろなことを感じたが、まず子どもが何でも聞いてくることに気づく。休み時間に「トイレ行っていい?」、ノートは「ここに一行空けますか」「新しいページにしますか」と尋ねる。ささいなことから大事なことまで自分で判断できない。
だから授業では、「自分なりの答えを出すこと」が出来るように工夫した。例えば、聖徳太子の「十七条の憲法」を扱った授業では、十八条目を考えてもらった。僕らも、これが正解だよというのを徹底的に覚えさせられ、自分の考えを書きなさいというのはあまり言われなかった。自分で考える癖をつけないままだと大人になって困る。その先に、多用な考えを身につけ、色々な方向から見られるようになってほしい。それには新聞はとても有用だと思う。
「最近の子は大変でしょ」という質問を一番多く受けた。子どもたちにそんなに問題があるとは思わなかったが、放課後、携帯ゲーム機に何時間も熱中している姿は昔と違うなと思った。ただ、それを作り、与えたのは大人。大人の変えた社会で子どもも変わらざるを得ない。必死で対応する子どもの起こした問題だけをとらえ、「最近のこどもは」と言うのは無責任だ。
担任になってからは「のび太君でも居心地がいいクラス」をめざした。漫画「ドラえもん」で、のび太君は何をやってもだめですが、あやとりだけは天才的。勉強に限らず、駆けっこが速い、元気にあいさつができるなど、その子の良さを見つけてほめる。教員はそれを周りにも認めさせてあげることが大切。のび太からあやとりを教えてもらう。逆上がりは俺たちが教えてあげるよ、という関係を築けたらいい。生かしあい、補い合うと、もっと伸び伸び生き生き暮らせると思うと。
2010.08.26 投稿者 ikueigk | PermaLink | トラックバック(0)
未来をつくる君たちへ 2010年6月 文京区 公立中高一貫校
塾長トーク 6月
推敲(すいこう) 小さくても大きなこだわり
唐の国の詩人、賈島(かとう)が、ロバに乗りながら、詩を考えていました。
「僧は推(お)す月下の門」という句の、「推す」を「敲(たた)く」に変えた方がいいかどうか、迷っているうちに、有名な詩人、韓愈(かんゆ)の行列にぶつかってしまったのですが、韓愈は、怒るどころか「敲く」の方がいいと、アドバイスしてくれたそうです。
この故事から詩や文章を書くとき、言葉や表現を何度も練り直すことを、推敲というようになりました。
文字が、作品になるためには奥行きが必要でしょう。平面的な紙に書かれた文字、それが、立体的な広がりを持って初めて、作品といえるものになると思うのです。たった一文字の向こうに、大きなこだわりが隠れているから、思いが伝わるのですね。
「美人の日本語」(幻冬舎)より
未来をつくる君たちへ
歴史小説家の司馬遼太郎氏が、かつて小・中学生に向けに書いた「二十一世紀に生きる君たちへ」という随筆があります。教科書にも載りましたし、何種類かの書籍にもなっていますので読まれた方も多いと思います。毎年、卒業生に渡しています。次のような書き出しです。
「私は、歴史小説を書いてきた。もともと歴史が好きなのである。両親を愛するようにして、歴史を愛している。歴史とはなんでしょう、と聞かれるとき、『それは、大きな世界です。かつて存在した何億という人生がそこにつめこまれている世界なのです。』と、答えることにしている。私には、幸い、この世にたくさんのすばらしい友人がいる。歴史の中にもいる。そこには、この世では求めがたいほどにすばらしい人たちがいて、私の日常を、はげましたり、なぐさめたりしてくれているのである。だから、私は少なくとも二千年以上の時間の中を、生きているようなものだと思っている。この楽しさは――もし君たちさえそう望むなら――おすそ分けしてあげたいほどである。ただ、さびしく思うことがある。私が持っていなくて、君たちだけが持っている大きなものがある。未来というものである」さらにこう語りかけました。
「自己を確立せねばならない。……自己といっても、自己中心におちいってはならない。人間は、助け合って生きているのである。……助け合うという気持ちや行動のもとのもとは、いたわりという感情である。他人の痛みを感じることといってもいい。やさしさと言いかえてもいい」と。
未来はどうなるかわからないけれども、でもそれは君たち自身がつくるものなのだ、二十一世紀をすばらしい時代にしてほしい、との司馬氏の願いがこめられています。
昨年、NHKが「未来をつくる君たちへ」という3本シリーズの番組を放送しましたが、その内容が本になっています。――司馬遼太郎作品からのメッセージ――です。(NHK出版)
司馬氏がよく書いていた、明治維新をはさんだ「激動の時代」の人々を題材にして、この21世紀を生きるヒントを小・中学生に届けたいという企画です。
21世紀がはじまってすでに10年。すばらしい時代に生きているような気持ちにはなれない「不安の時代」とも言える状況です。社会や世界がどう変わっていくのか、よく分からないし、確かなことは誰も言えません。だから、どうすれば「人が幸せになれる世の中」をつくれるのかを、若い世代に考えて欲しい、というプロデューサーの思いが感じられます。
はじめに評論家の立花隆氏が「情報を手に入れて未来を拓こう」と題して、緒方洪庵から学ぶことを語っています。次に作家の関川夏央氏が、「歴史上の人びとは、僕らの友だちだ」として正岡子規と夏目漱石の交流から見えてくるものなど。最後は評論家の松本健一氏が、「世界への好奇心をもとう」と題して高田屋嘉兵衛の生き方から学ぶことを語っています。テレビで伝えきれなかったメッセージが全部つまっているとのことで、それぞれ小・中学生に読みやすい文章でよくまとめられています。
「21世紀はこうなりますよ」「こうすればいいんだよ」と教えてくれるわけではありません。それどころか、「大変な時代がくるかもしれない」と言っています。そんな時代だからこそ誰かに頼るのではなく、「自分の頭で考える」「自分の目で周りの世界に素直に向き合う」ことを強く勧めてくれています。「自分の頭で考え」「自分の力で未来をつくる」ヒントがかくされています。
21世紀を生きるみなさんが、ちょっと困ったとき、不安におびえたとき、こんなはずじゃなかった、と思ったときに、目の前がちょっと開けるような、そんな「宝箱」のような言葉がつまっている本です。ぜひご一読を。
2010.08.26 投稿者 ikueigk | PermaLink | トラックバック(0)
適性検査で求められる作文力とは 2010年5月 文京区 公立中高一貫校
塾長トーク 5月
適性検査で求められる作文力とは
公立中高一貫校の設立は、99年にはじまり、2010年度には全国で約190校となりました。文科省は、今後10年間で、500校程度にしていく計画です。この制度は、中学高校の6年間で、計画的・継続的な教育課程を展開し、生徒の個性や創造性を伸ばすことを目的に創設されました。70年代に高校改革の流れがあり、長年にわたる議論をかさね、構想がねられ実現したのです。教育の多様化のひとつであり、さらに言えば、今日的な様々な課題を解決していくようなリーダーの育成を図る国家的プロジェクトでもあるのです。
実際に公立中高一貫校を作るのは、地方自治体それぞれであって、形態も「中等教育学校」「併設型」「連携型」と三つのタイプがあり、入学者選抜方法も、各都道府県単位や、各学校独自のものとなっています。建前上「学力試験」は行えないので、「適性検査」と呼ばれる独特の方法がとられています。ひと口に適性検査といっても、実に様々です。調査書、面接、作文、ヒアリング、工作、観察、統計資料の分析、記述で解答させる問題などです。なかでも、作文は、半数以上の学校で行われています。作文でなくとも、記述で解答させる問題が大半を占めますから、記述作文力は必要不可欠であり最低条件です。
「適性検査」は、単に知識の量を求めるのではなく、思考力や判断力、それを活かして課題を見つけ分析して解決する力、協調性やコミュニケーション能力など、生徒の「質」が問われる問題になっています。2000年以降、知識の量を求めるような「学力観」に変化が生じてきたことと合わせて、昨今は獲得した知識や技能をいかに活用し創造していけるのかが問われているのです。
「適性検査」が求めているのは、知識をベースとした論理的思考力、つまり、与えられた素材を分析し、筋道を立てて考えて、判断の根拠を明らかにして構成し、他者に伝わるわかりやすい文章に表現できるかどうかということなのです。
OECD(経済協力開発機構)による「学習到達度調査」の「PISA型読解力」で、日本の順位は下降を続けています。ここでの定義には、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれた文章や資料を理解し、利用し、熟考する能力」とあります。日本の生徒の多くは、この分野の白紙解答が多く、「読みとったことを根拠にして、自分の意見や考えを表現できない」のです。
この定義は、そのまま、「適性検査」が求めていることに通じます。私立中学の入試問題とは異なり、入学後に「育てたい生徒像」に適合する「資質」を探る選別を行っているのです。人間としての総合力、そのような力を今後身につけていけるかどうかという「資質」が問われているのです。その「資質」をどこで見られているのでしょうか。もちろん、総合的に判断されているわけですが、まさに「文は人なり」の言葉もあるように、記述作文力が大きな決め手になっていることは明らかです。
作文の課題は、「自由記述型の作文」と「課題条件の制限された論述作文」とに分かれます。前者は、「?についてあなたはどう考えますか」という、自由に記述する作文です。出されたテーマについて、自分なりにいろいろと考えられるわけですから正解はありません。適性検査にふさわしい出題と言えます。後者は、資料や文章などを読んだ上で、「問題文の要旨に触れながら書きなさい」など、条件を出してそれに関連付けさせながら、あなたの考えを書きなさいという「PISA型読解力」が要求されるものです。ときには、「自分の体験と結びつけながら書きなさい」という表現になっています。一見自由に書いてよさそうに見えても、細かい条件が出されていますから、見落とさずに注意深く問題文を読むことが大切です。いずれにしても、「適性検査」が求めているのは、問題のテーマに対して柔軟に対応し、事実にもとづいて展開を考え、説得力ある文章構成に仕上げた、表現力豊かな迫力ある作文です。
そのような作文力は、一朝一夕にできるものではありません。日々の漢字練習からはじまり、ことばに関するいろいろな知識を身につけ、短文作りの練習を重ね、そして、いかなる場合でも「文章語にして語る」ことを日々心がけることです。その上で、「公立中高一貫対策講座」(通信添削もあります)を受講して、記述作文力向上に役立ててほしいと思います。
2010.08.26 投稿者 ikueigk | PermaLink | トラックバック(0)
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